昼から生でガチバトル(ヒルガチ)は実在しない架空の番組です。すべてゲンカイモンが創作したものであり、実在する人物、団体、書籍とは一切関係ありません。ただし、内容は参考文献に基づき正確性を期すよう、細心の注意をはらい制作しています。初めて訪問された方は「ヒルガチの歩き方」 をご覧ください。より深くヒルガチをお楽しみいただけます。
ようこそ、ヒルガチへ。
ゲンカイモン です。
クリティカルシンキング、これこそが現代社会を生き抜くための最強スキルです。
1つの事象に対し、肯定と否定、双方の視点から光を当て、激しい議論の火花の中から「第3の道」を見つけ出す。
この工程の反復が、クリティカルシンキングスキル習得への近道 と確信しています。
本日のテーマは文字通り、私たちの肌感覚に根付く「不快感と恐怖」の正体に迫るものです。
そして、法学、歴史学、社会学などを通じて、私たち日本人の深層心理を解き明かす旅でもあります。
さあ、思考のリングへ上がる準備はいいですか?
それでは田川さん。
後は頼みました、ヨロシク!
田川
はい、ゲンカイモンさん。
熱いバトンしっかりと受け取りました!
テレビの前のあなた、こんにちは。
ヒルガチのMCを務める田川福三郎です。

田川 福三郎(たがわ ふくさぶろう)
ヒルガチ専属MC(Mster Of Ceremony:マスター・オブ・セレモニー)。ジャーナリスト歴60年。番組をまとめることが使命と信じる熱い男。事前にゲンカイモン、アシスタント大鷹、番組スタッフと入念に打ち合わせを行い、理論武装した上で番組へ臨んでいる。3人目のパネリストとして鋭く切り込む
すっかり恒例となりました。
1週間で最も熱い金曜のお昼、ヒルガチ。
今週も張り切ってまいりましょう。
テーマの発表とパネリスト紹介

田川
本日のテーマはこちら。
刺青を歴史学と法学から考察する! 日本特有の入店拒否の論理はなぜ生まれたのか
【お断り】
刺青、文身、入れ墨、彫りもの、タトゥー、黥(げい)、紋々(もんもん)など言葉と定義が様々あり、すべてを解説すると本番組の趣旨から外れてしまいます。彫り師によっても様々な考え方がありますが、本日の放送ではわかりやすく以下のように定義します。
・文身(ぶんしん)
和彫りを指す
・刺青(しせい、いれずみ)
和彫りを指すが谷崎潤一郎の小説『刺青』(1910年発表)以降に広まった言葉
・タトゥー(Tattoo)
洋彫りを指す
・入れ墨(いれずみ)
罪人に対する刑罰目的の刺青を指す
・彫りもの
刺青、文身、タトゥー、和彫り、洋彫り全般を指す
文身と刺青はともに和彫りを指しますが、本番組では和彫りを刺青と表現します。なお、文脈上、上記定義通り明確に使い分けられない箇所があることをご了承下さい。
なぜ、日本人は刺青を入れた日本人を恐れ、拒絶するのでしょうか?
観光地や歓楽街では、タトゥーを入れた外国人観光客を地元住民たち(飲食店、百貨店などサービス業全般の接客係)は笑顔で歓迎します。
一方、刺青を入れた日本人だと、お客とは言え関わり合いたくない気持ちになり距離を置いてしまう。
刺青を堂々と見せている日本人に、あえて声をかけて接客しようとは思わないでしょう。
私が接客係だったら目を合わせません(笑)。
日本人は刺青と、その裏に潜む反社会的組織との歴史的な繋がりを理解しているから、このような心境になると推測します。
一方、外国人のタトゥーに対しては、反社会的組織を想起させる要因が日本人の中にない。
だから、外国人だとタトゥーが入っていようと普通に会話ができる。
もちろん、個人差はありますが……。
本日はこのような刺青に対する日本人特有の心理を歴史学、法学、経済学、そして社会学の視点を通じて、主にネガティブな側面に多面的に切り込んでいきます。
それでは、さっそく本日の論客をご紹介しましょう。
まず、彫りものを入れることは「幸福追求権」の一種であると主張する、肯定側の立場から西園寺 エミさんです。

西園寺 エミ(さいおんじ えみ)
・帝政国際大学大学院 社会学研究科 博士後期課程修了
・身体社会学、若者文化論
・社会学博士号取得
・著書『皮膚と社会の記号論』他
西園寺
本日はよろしくお願いします。
彫りものによる差別は、個人の「自己決定権」に関わる人権問題です。
単なるファッションの話にとどまりません。
思考停止した排除の論理を徹底的に突き崩したいと思います。
田川
頼もしいです。
続いて、歴史的背景から他者に威圧感や恐怖心を与えるのは明らかだと説く、否定側、慎重派の立場から論じていただく古久根 巌さんです。

古久根 巌(こくね いわお)
・大和国立大学 法学部 卒業
・治安政策、危機管理、組織論
・著書『鉄の規律と日本の治安』他
古久根
本日はお呼びいただきありがとうございます。
個人の権利は尊重されるべきですが、社会の「秩序」と「平穏」を乱す自由はありません。
長年現場を見てきた経験から、彫りものによる実際のリスクについてお話しします。
田川
楽しみです。
西園寺さん、古久根さん、よろしくお願いします。
大鷹さん、本日の論点の発表といきましょうか。
大鷹
はい、田川さん。

大鷹 純 (おおたか じゅん)
徹底的なファクトチェックとパネリストとの出演交渉に奔走する影の立役者。田川、ゲンカイモンとは制作会議で激論を交わし合う同志。常に冷静沈着な仕事ぶりだが、誰よりもヒルガチを愛する熱血漢。初回放送 では感極まって号泣する純粋な一面を見せ、視聴者の心を鷲掴みにする。
本日の議論における主な対立軸をフリップにまとめました。
- 自己決定権
身体をどう装飾するかは個人の自由であり、憲法が保障する幸福追求権として最大限尊重されるものである - 文化的多様性
諸外国の多様な文化に加え、日本固有の彫りものという伝統的側面を正しく理解し、多角的な視点から考察することが求められる - 経済効果
インバウンド需要を取り込む上で、タトゥーを理由とする画一的な施設利用制限は機会損失を招き、経済活性化の妨げとなる - 偏見の解消
刺青を反社会的勢力と結びつける古い価値観から脱却し、外見で人格を否定する差別的な社会構造をこそ解消するべきである - 法的な正当性
2020年の最高裁判決により施術は医療行為ではなく、憲法が保障する表現行為と認められている
- 医療的リスク
MRI検査での火傷リスクや感染症の恐れがあり、将来的な医療行為に制限が生じる - 心理的な威圧感
歴史的背景から他者に威圧感や恐怖心を与える場合があり、周囲の平穏を乱すとして敬遠される懸念がある - 施設利用の制限
温泉やプール等の公共施設では利用制限が根強く、日常生活の利便性が損なわれる実状が依然として多い - 後悔と除去の困難さ
結婚や育児等の環境変化で後悔する例が多く、除去には高額な費用と長い治療、消えない傷跡の負担が伴う - 就職やキャリアの壁
企業の採用基準や就業規則で制限されることが多く、特定の職種への就職や昇進で不利益を被る可能性がある
以上、本日の主な論点です。
田川
大鷹さん、ありがとうございます。
それでは、さっそくおふた方に昼から生でガチバトルしていただきます。
なぜ今、彫りものを議論するのか?「拒絶」と「歓迎」の矛盾を解き明かす

田川
まず、なぜ今このタイミングで彫りものを議論する必要があるのか、現状認識から始めたい。
観光地や歓楽街へ行くと、タトゥーを入れた多くの外国人観光客で賑わい日本経済を潤してくれています。
これはテレビの前のあなたも実感していることでしょう。
一方、温泉やフィットネスジムなどの公共施設の入り口には依然として、「刺青、タトゥーの方入店お断り」という看板が掲げられている。
同じ日本なのに、観光地や歓楽街の接客係は歓迎する一方、公共施設の経営者はタトゥーを理由に入店を拒否する。
このダブルスタンダード(二重基準)に、多くの外国人が違和感を覚えている。
西園寺
おっしゃる通りです。
これは違和感を超越した、「カルチャーハラスメント」「ファッションハラスメント」と言っても過言ではない。
相手の意に反する言動で不快感や苦痛を与え尊厳を傷つける嫌がらせ行為
「彫りものを入れているだけなのに人格まで否定してくる!」
SNS上では外国人と共に、日本の若者も怒りの声を上げています。
彫りものを入れるのは、言うまでもなく法律違反ではありません。
ファッションや自己表現として彫りものを入れるのは個人の自由なのに、国民が保守的であり不寛容の精神のまま停滞しているのが現実です。
古久根
もちろん、彫りものを入れるのは法律違反ではありません。
しかし、多くの人が彫りものを入れている日本人に対し、「不快感と恐怖心」を抱いてしまう現実は無視できません。
入店お断りの看板があるからこそ、公共施設を安心して利用できるプラスの面があるのです。
田川
なるほど、安心感の担保というわけだ。
ただし、その「不快感と恐怖心」がどこから来て原因は何か、歴史的な背景を知らずにイメージだけで毛嫌いしている可能性がある。
まずは歴史を紐解き、日本人の彫りものに対する思想がどう形成されてきたのか、その過程を見ていきましょう。
歴史のパラドックス 聖なる “黥面” から刑罰の “入れ墨” へ

田川
日本における刺青の歴史は非常に古く複雑です。
縄文、弥生時代には「黥面(げいめん)」と呼ばれ、魔除けや身分を示す聖なるものでした。
魏志倭人伝には、倭人が顔や体に刺青をしていた記述があります。
ぎしわじんでん:中国の歴史書『三国志』中の「魏書(ぎしょ)」第30巻 烏丸鮮卑東夷伝倭人条(うがんせんびとういでんわじんじょう ) の略称。3世紀頃の倭人(古代日本人)の習俗や地理などについて書かれている。著者は三国時代の蜀漢(しょくかん/しょっかん:後漢滅亡後の221年に劉備が建国)、西晋(せいしん:265年に司馬炎が建国)に仕えた文官である陳寿(ちんじゅ:233年生297年没)。
西園寺
そうです。
元々、日本には刺青をポジティブに捉える土壌があります。
しかし、中国の漢文化の影響で江戸時代に、罪人の顔に入れ墨をすることが刑罰として扱われるようになった。
ひと目で前科がある人間とわかるようにするためです。
一方、火消しや職人が粋(いき)として彫る美術的、芸術目的の刺青が同時に存在していました。
古久根
美術、芸術的側面を否定はしませんが、時代により価値観が変化するのは自然です。
変化のきっかけとして、明治維新が大きな歴史的転換点となりました。
明治政府は西洋列強から「罪人に入れ墨する野蛮な国」と思われないよう、入れ墨を禁止する「文身禁止令」を出します。
ぶんしんきんしれい:明治政府が1872年(明治5年)の太政官布告などを通じて、文身(刺青)を野蛮な風俗として禁止した法令。文身を入れる本人と入れる行為をする彫り師双方が対象とされ違反者は拘留や科料に処された。1948年(昭和23年)にGHQの指導により廃止以降、文身を入れることは自由である。
これは文明国として認められるための国策であり、ここで入れ墨は法的に野蛮なものとして地下に潜伏せざるを得なかったのです。
田川
すなわち、西洋への対抗心や文明化の必要性が日本の刺青文化を封印した。
それと並行し昭和の任侠映画が、「刺青イコール反社会的組織」という強烈な視覚的イメージを植え付けた。
西園寺
そのイメージが強固すぎて、現代の若者がファッションとして入れているワンポイントのタトゥーまで、十把一絡げ(じっぱひとからげ/じゅっぱひとからげ:多種多様なものを区別なくひとまとめで扱うこと)に「反社会的」とされるのが問題なのです。
歴史を知れば「入れ墨は犯罪者の刻印」という図式が、明治時代に作られたバイアス(偏見)に基づいたものに過ぎないとわかります。
犯罪行為が悪いのであって入れ墨に罪はありません。
古久根
バイアスだとしても、一度定着した野蛮という社会的イメージを払拭するのは容易ではないでしょう。
実際、反社会的勢力が所属組織に対する忠誠心、市民や対抗組織への威嚇を目的に、刺青を利用してきた歴史的事実は重いのです。
世界は刺青をどう見ている? 記号解読のズレ

田川
ここで視点を海外に向けてみましょう。
海外のプロスポーツ選手やアーティストにとって、タトゥーはごく当たり前の自己表現として定着しています。
西園寺
その通りです。
さらに言えば有名人に限らず、一般の人たちもタトゥーに対し日本人のようなアレルギーはありません。
例えばアメリカ人は、全人口の約32%(女性38%、男性27%)がタトゥーを入れています。
欧米人にとってタトゥーは、「個人の物語」を体に刻印する行為として広く認知されているからです。
家族の名前、忘れたくない信条、アートとしての自己表現。
そこには威嚇する意図など微塵もありません。
また、ニュージーランドのマオリ族 のように、タトゥーが神聖な文化的アイデンティティである国が多々あります。
古久根
確かに海外ではそうです。
しかし、日本はハイコンテクスト(文脈依存)な社会です。
何も言わなくても察する文化の中で刺青の強烈な視覚情報は、言葉では成し得ない威圧的なメッセージとして機能してしまうのです。
田川
彫る側と見る側で刺青の解読コードがズレている状態だ。
外国人が入れていると「クール」に見えるのに、日本人が入れていると「アウトロー」に見える。
このダブルスタンダードは、やはり日本特有の歴史観から来ているのでしょうか。
西園寺
そうだと思います。
江戸時代から続く芸術、文化的側面から見た刺青の魅力を伝えても、現代の反社会的というイメージの影響で「野蛮」と断罪されてしまうのが現状です。
しかし、日本の和彫りは独自の技術と様式美を持っており、「伝統工芸」「民俗芸術」としての価値はとても高いはずです。
浮世絵の影響を強く感じさせる龍、虎、花、鯉、鬼などのモチーフは、日本の伝統的な美意識(粋や勇壮さ)を象徴しています。
その伝統的価値や職人技は海外のアーティストやコレクターから、世界最高峰の身体芸術として非常に高い敬意を払われています。
来日時、刺青を彫って帰国する外国人は少なくありません。
古久根
伝統工芸的側面や芸術的価値はもちろん私も認識しています。
ただし、芸術ではなく威嚇や恐怖心を与えるのを目的に刺青を彫る反社会的組織の構成員が存在するのは、イメージだけでなくここ日本では事実なのです。
外国人が彫るタトゥーと日本人が彫る刺青は、その目的と意味合いがまったく異なることを理解しなければいけません。
両者を同列に語るには、歴史的にも文化的にも無理があるのです。
社会学的視点から考察する儒教的倫理と “穢れ” の意識

田川
次に、もう少し日本人の深層心理に迫ってみましょう。
「親からもらった身体を傷つけるのは親と先祖に対する裏切り」
こんな教えがあります。
私も子供の頃よく言われたものでした。
古久根
これは儒教の「孝経」に基づく倫理観ですが、日本人の道徳の根底に流れています。
こうきょう:儒教において親孝行を万物の根本の徳とした全18章からなる経書。第一章に「身體髮膚、受之父母(身体髪膚を親に受く)」とある
自分の体であっても、自分だけのものではないという集団主義的な身体観です。
体に彫りものをするのは親や先祖、ひいては共同体への背信行為(はいしんこうい:信頼関係を壊し信義に背く行い)という意識があります。
西園寺
おっしゃることは理解できますが、それは個人の「自己決定権」を侵害する抑圧的な論理ではないでしょうか。
現代においてピアスや整形は許容されるのに、なぜ彫りものだけが極端に忌避されるのか。
そこには、日本の共同体における「穢れ(けがれ)」の意識が関係しています。
田川
穢れと関わりがある……と。
西園寺
はい。
銭湯や温泉は裸になって互いの境界線を取りはらい、共同体への所属意識を確認する儀式の場でもあります。
そこに「穢れたもの(と思い込んでいる彫りもの)」が混入することは場の空気、すなわち「共同体の秩序」が壊されるという潜在意識に潜む恐怖心が呼び起こされるのです。
古久根
補足すると、その場の「空気」を守るのは共同体を安定させるために必要なことでした。
「秩序」と「平穏」を維持するために、共同体とは異なる「空気」を排除する。
ここに「穢れたものは徹底的に排除する」という論理が生まれます。
その論理を壊す、すなわち彫りものを容認すれば、無用な軋轢(あつれき:内部の者同士が争うこと)が生じるのは必然でしょう。
田川
「穢れ」という世間の不文律(ふぶんりつ:明文化されていないが組織、社会、業界などで暗黙の了解として守られているルールや規律)が、法律以上に強力に作用しているわけですね。
とても日本人らしさを感じさせる話だ。
「穢れ」については日を改め、徹底的に昼から生でガチバトルする予定です。
スタジオゲストの意見から今どきのタトゥーを考察する

田川
ここで、実際に様々な立場の方にスタジオにお越しいただいています。
生の声を伺ってみましょう。
まず、インフルエンサーの美咲さん。
ファッションとしてタトゥーを入れることに躊躇はありませんでしたか?

美咲
まったくありませんでした。タトゥーはメイクの延長という感覚です。私の知り合いの子たちも、ピアスを開けるのと大差ないと言っています。サウナとか温泉に入れないのは不便ですけど、日常生活や職場では隠せばいいかなって。なぜこんなに大騒ぎするのか意味がわかりません。
西園寺
世代間のギャップが如実ですね。
タトゥーを彫るのは反社会的な行為という意識、そんなことは彼女たちの中には皆無なんです。
田川
なるほど。
次に、元公衆浴場組合役員の権藤さん。
現場の声としてはどうでしょうか。

権藤
田川さん、理屈じゃないんだよ。背中に絵を描いている人が入ってきたら、他のお客さんはサッサと帰っちまうのが現実。帰った客は次はまず来ない。商売あがったりなんだ。「怖がらせない」というのも客へのサービスの一環だよ。
古久根
権藤さんのおっしゃること、よくわかります。
これが現場のリアリティです。
経営者としては、既存の常連さんたちを守らなければ商売になりません。
田川
確かに。
次は外国の方がいいかな。
ニューヨークニューズ紙のジョニーさん、この日本人特有の心理をアメリカ人のあなたから見てどう感じますか?

ジョニー
私は腕に娘の名前を彫っていますがそれを理由に入店拒否された時、自分が犯罪者のように扱われたと感じとてもショックでした。でも、今は日本文化と歴史を勉強したので、少しは日本人の心を理解しています。
古久根
ジョニーさん、日本社会においてタトゥーは、アートやファッションとしての認知度が低いのです。
例えば、私が会社の採用試験の面接官だとしましょう。
入社希望者が彫りものを隠さず堂々としている場合、協調性に欠ける人格と判断し不採用にするかもしれません。
良い悪いではなく日本は彫りものに対し、とても不寛容な社会なのです。
田川
なるほど。
企業は「個性的で面白い人材」を求めているとは限らない。
職種にもよるだろうけれど、私も不合格にするかも……(笑)。
「ファッションセンスに長けた個性的な人」と見るか、「自己主張が強い協調性に欠ける人」と見るか。
日本では後者と判断される可能性がまだまだ高いということか。
この認識の違いによる溝は深いですね。
人間の能力や性格が、彫りものに影響されないことは頭では理解している。
しかし、私や古久根さんを含め企業側が、ファッションでタトゥーを彫る美咲さんたち若者たちの心理を理解する段階に、まだまだ至っていないのが現実です。
視聴者から寄せられる実社会でのリアルな現状
田川
本日もたくさんのメールが届いています。
大鷹さん、今の話に通ずる興味深いメールが届いているそうですね。
大鷹
はい、田川さん。
様々な年代の方から、様々なご意見を頂戴しています。
特に印象に残った1通のメールをご紹介します。
本日の議論の核心を突く、非常に切実な内容です。
ハンドルネーム、ローズマリーさんから。
私は半袖ブラウスから覗くバラのタトゥーを理由に人事部から解雇を宣告され、会社と話し合いの最中です。クライアントと接する営業職として不適切という説明です。長袖を着て見えないようにすると交渉しましたが聞き入れてくれません。
所属する営業部の部長からは、「君が優秀な部下なのはわかっているが、お客相手の仕事だからなぁー、残念だが私にできることは何もないよ」と言われました。入社後にタトゥーを入れた私にも責任があるかもですが、これは不当解雇にあたるのではないでしょうか。みなさんのご意見が聞きたいです。
田川さん、以上です。
田川
大鷹さん、ご苦労さま。
ローズマリーさん、勇気あるメールありがとうございます。
「見えないようにすると言っているのに解雇」
これは労働問題として非常にデリケートです。
西園寺さん、どう思われますか?
西園寺
これは明らかに「解雇権の濫用」の疑いが強いです。
ローズマリーさんは「長袖を着て見えないようにする」という代替案、つまり業務に支障が出ないための方策を申し出ています。
繰り返しになりますが、タトゥーは法的に禁止された行為ではありません。
それにも関わらず解雇を宣告するのは、労働基準法違反に抵触する可能性があると私は思います。
古久根
ローズマリーさんのお気持ちはわかりますが、法律論はそう単純ではありません。
ポイントは「入社後に入れた」という点と「クライアントと接する業務」である点です。
就業規則や雇用契約書などに「タトゥーの禁止」や「品位保持義務」が明記されている場合、入社後にそれを破ったことは「企業秩序違反」や「職務専念義務違反」に問われる可能性があります。
特に営業職など企業の信用を背負う立場であれば、会社側が「信頼関係が損なわれた」と主張する根拠になり得ます。
すぐに、雇用契約書を確認しましょう。
そして、人事部の「クライアントと接する営業職として不適切」という指摘。
もし、ローズマリーさんが担当しているクライアントが保守的な企業だった場合、タトゥーがちらっと見えただけで契約が破棄されるリスクがある。
人事部はそのリスクマネジメントを優先したのでしょう。
「隠せばいいではないか」と言いますがタトゥーが原因で契約が破棄された場合、その損害をローズマリーさんが補償できるのかという賠償の話になります。

美咲
えー、それって厳しすぎませんか? 業務内容ではなく、バラひとつでクビだなんて。もし、タトゥーが原因で契約が破棄されたとしても、会社はローズマリーさんを守るべきです。「今回は縁がなかっただけだよ」と慰めてあげて欲しい……。こんなことで優秀な人材を切っていたら、若い人が誰も就職してくれなくなってますます人手不足になりますよ。

ジョニー
アメリカでも企業によってはドレスコードがありますが、隠すことを条件に雇用されるケースは多いです。完全に排除するのではなく、どうすれば共存できるか話し合うのがフェアな社会でしょう。このケースは対話の拒絶に見えます。
田川
「対話の拒絶」
重い言葉ですね。
古久根さんにお聞きしたい。
実際の判例や法的な潮流として、やはり会社側が有利なのでしょうか?
古久根
いえ、最近は解雇に対し司法は厳しくなっています。
いきなり「解雇」ではなく、まずは配置転換(内勤への異動)やタトゥーを隠すことを徹底するなど、段階的な工程を経たかどうかが争点になります。
それらのプロセスを経ず問答無用に解雇されたなら、ローズマリーさんが勝訴する可能性は十分あるでしょう。
厚生労働省が示す「労働契約の終了に関するルール」 でも、解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められない場合は無効となるとされています。
タトゥーがあるだけで即時解雇を認めさせるのは、法的に非常に厳しいと言えます。
法律に関する個別の事例は弁護士などの専門家に相談することを推奨します
田川
なるほど。
個人の自由と企業の論理が、雇用契約という土俵で激しくぶつかり合っている。
ローズマリーさんのケースは決して他人事ではなく、日本社会の縮図と言えるでしょう。
この権利の衝突について次はさらに詳しく、法的な視点から掘り下げていきます。
法学から考察する “表現の自由” vs “営業の自由”

田川
ここからは、法律の専門的な視点で切り込みます。
2020年、最高裁で画期的な判決が出ました。
医師免許を持たない彫り師が医師法違反に問われた裁判で、最高裁は「タトゥー施術は医療行為ではない」 とし無罪を言い渡しました。
最高裁判所第二小法廷 令和2年9月16日決定(事件番号:平成30 あ 1790)
西園寺
この判決は、タトゥーに「美術的意義」や「表現の自由」の側面があることを司法が認めた画期的判決です。
彫り師という職業が法的なグレーゾーンから、職業として認められる第一歩となりました。
古久根
私もこの判決は承知しています。
ただし、勘違いしてはいけません。
これはあくまで、施術行為が医師法違反ではないとしただけで、「彫りものをした客を施設側が拒否してはいけない」という判決ではありません。
民間施設には「契約自由の原則」 があります。
誰と契約し誰を店に入れるかは原則として店側の自由です。
田川
そうは言っても古久根さん、人種や国籍、信条による差別は法的に禁止されているのに、彫りものによる入店拒否はなぜ許されるのか?
古久根
先天と後天の違いです。
彫りものは人種や国籍のような生まれながらの「先天的な属性」ではなく、自らの意思で選択した「後天的な属性」だからです。
「ドレスコード」と同じで、その店のルールに従えないなら利用できないという「契約自由の原則」が成り立ちます。
西園寺
古久根さん、その意見には法律論の観点から同意できません。
なぜなら、公衆浴場法 における入浴拒否の対象は「伝染性の疾病にかかっている者」と「公衆衛生に害を及ぼす虞(おそれ)のある行為をする入浴者」とされているからです。
営業者は伝染性の疾病にかかつている者と認められる者に対しては、その入浴を拒まなければならない。但し、省令の定めるところにより、療養のために利用される公衆浴場で、都道府県知事の許可を受けたものについては、この限りでない。(原文ママ)
入浴者は、公衆浴場において、浴そう内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼす虞のある行為をしてはならない。
2 営業者又は公衆浴場の管理者は、前項の行為をする者に対して、その行為を制止しなければならない。(原文ママ)
彫りものを入れた人間が彫りものだけを理由に、「公衆衛生に害を及ぼす虞(おそれ)のある行為をする入浴者」に該当するのか?
平成29年2月13日、当時の民進党の初鹿明博議員が「入れ墨がある人の公衆浴場での入浴に関する質問主意書」を政府へ提出しました。
この答弁書 (質問主意書と答弁書の原文をゲンカイモンが書き起こしたもの)の中で、「入れ墨があることのみをもって、公衆衛生における拒否理由に該当すると解することは困難である」と政府は答えています。
このことから、「彫りものがあるだけでは第五条を根拠に入浴拒否することはできない」と考えるのが自然ではないでしょうか。
すなわち、彫りものを根拠に入浴を拒否する行為は、公衆浴場法の理念に反する可能性があるということです。
法律に関する個別の事例は弁護士などの専門家に相談することを推奨します
経済的視点から考察する観光立国とインバウンドの壁
田川
なるほど、よくわかりました。
次は経済的側面から切り込んでいきたい。
政府は「観光立国」を掲げ、インバウンド需要の拡大を狙っています。
しかし、海外からの観光客がタトゥーを理由に、ジョニーさんのように入店拒否される事例が少なくない。
これは経済的にも機会損失ではないのか。
西園寺
間違いなく経済的損失です。
観光庁の調査でも、タトゥーがある外国人観光客の約半数が、入浴施設での利用に不安を感じているというデータがあります。
古いデータで恐縮ですが同庁が2015年10月に実施したアンケート調査 では、彫りものがある人の入浴を「断っている」と答えた施設が56%に上りました。
政府はこの状況を改善するため、施設側に向けた具体的な対応事例集 を公開しています。
日本は多様性がない国という印象は、国際的なブランディングにおいてネガティブに作用するでしょう。
古久根
インバウンド需要の対策はもちろん重要ですが、治安維持の観点から作られた「暴力団排除条例」 との兼ね合いが難しいところです。
この条例の影響で企業は、「反社会的組織と関係がある」と疑われることを極端に嫌います。
結果、「タトゥーイコール全面お断り」という、過剰コンプライアンスに陥っているのは否定できません。
Compliance:企業が法律や社内規定、社会倫理などを遵守し、公正公平に事業を行う法令遵守の取り組み。法律違反の回避にとどまらず、社会的な規範に従った誠実な行動で企業価値向上やリスク低減を目指す経営の基本概念。
反社会的組織の人間か否か、プライバシーに関わり明確な判別方法がないので仕方ない側面もありますが……。
西園寺
彫りものを入れているすべての人を拒否するのは、事なかれ主義が生んだ思考停止ですね。
ラグビーW杯の時は別府温泉などが積極的にタトゥー客を受け入れ、トラブルなく成功を収めました。
やればできるという実例はあるのです。
古久根
西園寺さん、受け入れた施設の事例だけを挙げて成功というのは言い過ぎでしょう。
各温泉施設や健康ランドの経営者は、既存のお客さんとW杯により訪日した選手を含む数十万人の観光客との板挟みになり、受け入れ可否の判断と対応にとても苦慮しました。
期間限定(W杯開催時のみ)や条件付き(シールやラッシュガード着用など)で受け入れ可能とする一方、入場拒否とした施設も多く存在した というのが事実です。
日本人の心理は変われるのか? 排除からゾーニングへ
田川
番組は終盤戦に入っています。
これからの日本社会はどうあるべきか。
議論を建設的な方向へ進めたい。
入店の可否は前述の通り「契約自由の原則」のため、公共施設を運営する経営者の裁量に任されています。
暴力団排除条例はありますが、彫りものが即条例違反にはならない。
今まで通り、何がなんでも全面的に入店禁止なのか、制限を撤廃し誰でも入店させるべきなのか、それとも新たな第3の道があるのか。
西園寺さんからお聞かせいただきたい。
西園寺
はい、田川さん。
私は「ゾーニング」と「ルールの可視化」を経営者の方へ提案いたします。
シールで隠せるサイズなら可、あるいは「タトゥーOKの日」や「貸切タイム」を設けるなど、棲み分けを図ります。
シールで隠せるほどの小さいサイズなら、反社会的組織の構成員である確率はグッと下がるはずです。
排除ではなく、共存のための工夫が必要です。
田川
なるほど。
では、古久根さんはいかがですか?
古久根
妥協案としては現実的ですね。
フィットネス業界団体の「FIA(日本フィットネス産業協会)」は利用規約のガイドライン においてタトゥーを一律禁止するのではなく、サポーター等で隠すことができれば施設を利用できるよう加盟クラブに対してルールの見直しを促しています。
そして、判断基準を彫りものから行為へとシフトすることが肝要です。
現在の反社会的勢力の構成員は、暴力団排除条例、暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律) の規制逃れや社会潜伏のために、あえて刺青を入れない、あるいは見えない場所に留めるケースが増えている。
彫りものがあるだけで反社会的勢力と判断するには、合理的ではない時代に突入しています。
それよりも、「威圧的な態度を取る」「他人に迷惑をかける」などの社会常識を含む法律違反を基に判断し、問題があれば退去させる。
これなら、一般客の安心と個人の自由が両立できるでしょう。
田川
彫りものを入れているではなく、どう振る舞うかで判断する。
考えてみれば当たり前ですね。
そのためには、彫りものを芸術やファッションとして入れる人たちのことを、私たちがもっと理解する必要があります。
公共施設の経営者はもちろん、私たち一般国民自身が「彫りものイコール反社会的組織の構成員」という、短絡的な思考回路を変えなければならない。
変えていくには精神的なハードルが高いですが、克服しなければならない意識改革でしょう。
西園寺
古久根さんと田川さんの意見に同感です。
彫りものは恐怖だけではなく、芸術、美術的側面やファッション、伝統文化 などの多面性があることを、もっと私自身が発信しなければいけないと気持ちを新たにしました。
田川さんが言う意識改革のためにも、こうした教育や啓発がこれからの日本には必要だと思います。
本日は有意義な討論に参加させていただき、誠にありがとうございました。
古久根
秩序を守りながら新しい時代の風を受け入れる。
難しい課題ですが取り組む価値はあります。
彫りものを入れた人たちと、同じ湯船に浸かれるときが来るのを楽しみにしたいと思います。
ヒルガチで討論できたことに感謝いたします。
本日はありがとうございました。
田川
こちらこそ、ありがとうございました。
最初は真っ向から対立していましたが、最後は「共存のための具体的なルール作り」という点で一致したように思います。
排除するだけでは何も生まれない。
かといって、不安を持つ人々の気持ちを無視して全面解除するわけにもいかない。
これからもその間にある最適解を、私たちひとり一人が考え続けることが大切だと思います。
本日も、昼から生でガチバトルしていただきありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。
哲学者ソクラテスの私ならこうする!

本コーナーは哲学的視点からテーマを思考することが目的です。オカルトや心霊現象の実在を主張するものではありません。また、否定するものでもありません。日本固有の民俗信仰であるイタコを通じ、哲学を身近に感じていただくための演出とご理解下さい。
田川
さて、ここからは恒例の特別コーナーです。
現代の難問を古代の賢人はどう解くのか。
恐子さん、よろしくお願いします。
恐子
んだ、任せてけろ。

イタコの恐子
御年87歳、イタコ歴70年、現役のイタコ。ゲンカイモンが1ヶ月かけて出演交渉、やっとの思いで口説き落とす。ずだ袋に忍ばせるおやつの南部せんべいを、いつもスタッフにおすそ分けしてくれる、愛と知性に溢れたヒルガチ自慢の看板娘。
今日は「体に絵を描くこと」で揉めてたな。
人間、中身が大事だっていうのに、お絵かき一枚ごときで喧嘩してら。
ほいじゃ、呼んでみるべか。
名誉顧問、おいでませ!
ソクラテス
田川よ、呼んだかね?

ソクラテス(紀元前469年頃 – 紀元前399年)
古代ギリシアの哲学者。西洋哲学の祖とされる人物。「無知の知」を自覚し、街頭での対話(問答法) を通じて人々に善や正義を問い続け、魂(プシュケー)の重要性を説く。著作は残さず、その思想は弟子のプラトンらが伝えた。若者を惑わせた等の罪に問われたが「悪法もまた法なり」と死刑判決を受け入れ、70歳でその生涯を閉じる。
田川
はい、ソクラテス。
現代の日本では、彫りものを入れた人が社会から排除されています。
見た目で人を判断し区別することについて、名誉顧問はどう考えますか?
ソクラテス
ふむ。
汝らは「見た目」という名の牢獄に、自ら囚われているようだな。
田川よ、問おう。
美しい彫刻が施された壺の中に腐った水が入っていたら、お主はその壺を愛(め)でるか?
田川
いいえ。
水が腐っていたら飲みたくないし価値がないでしょう。
ソクラテス
うむ。
では逆に、泥で汚れた素焼きの器に、命を救う妙薬(みょうやく)が入っていたらどうだ?
田川
それは大切にします。
中身が重要ですから。
ソクラテス
そうであろう。
哲学者ソクラテスの私ならこうする!
ならばなぜ、人間の「魂(プシュケー)」を見ようとせず、皮膚の上の染料ごときに心を乱すのだ。
私がアテナイの街で問い続けたのは、魂がいかに善くあるかということのみだ。
肌に何が描かれていようと、その者が正義を愛し善き行いをするならば、それは善き隣人ではないか。
田川
おっしゃる通りですが、人々は「不快感と恐怖心」を感じてしまうのです。
ソクラテス
それは「無知」からくる恐怖であるぞ。
相手の魂を知ろうとせず、勝手なイメージを想起して遠ざける。
これこそが、汝らの魂を最も醜くする行為ではないのか。
「彫りものがあるから野蛮人だ」と決めつけることも、「タトゥーを認めないのは時代遅れだ」と見下すことも、どちらも自らの知恵のなさを露呈しておる。
対話せよ。
相手の皮膚ではなく、その奥にある魂と対話するのだ。
そうすれば、おのずと共存の道は見えてくるであろう。
恐子
ふぅ、魂が大事って聞こえた気がするなぁー。
霧晴れて見えぬ道ここに現れん!
田川
恐子さん、ソクラテス、ありがとう。
「皮膚ではなく魂と対話せよ」
私たちは相手と対話する前に、勝手なレッテルを貼って思考停止しているのかもしれません。
彫りものという表層の違いを乗り越え、対話を通してその人の本質を見る努力をする。
それが、真の多様性を受け入れる第一歩なのだと気付かされました。
本日の議論があなたの固定観念を揺さぶり、新たな視点を持つきっかけとクリティカルな思考の一助になったなら幸いです。
それでは、来週の金曜日、またお会いしましょう!
【参考文献リスト】
最高裁判所:医師法違反被告事件
https://www.courts.go.jp/hanrei/89717/detail2/index.html
観光庁 – 国土交通省:旅館Q&A あなたの疑問に答えます
https://www.mlit.go.jp/kankocho/search.html?q=%E3%82%BF%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC
e-Gov法令検索:公衆浴場法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000139
山本芳美著:身体を彫る、世界を印すーイレズミ・タトゥーの人類学(春風社 2022/6/17)
http://www.shumpu.com/portfolio/885/
吉岡 郁夫著:いれずみ(文身)の人類学(雄山閣 2021/7/27)
https://www.yuzankaku.co.jp/products/detail.php?product_id=8744
【ゲンカイモン総括】
彫りものと日本社会をヒルガチしましたがいかがでしたか?
番組途中で飛び込んだローズマリーさんからのメール。
これこそが生放送の醍醐味であり、現実社会のリアルな姿にすぐ触れ合うことができる最適な方法です。
番組前半では歴史学、経済学、社会学などを通し彫りものについて討論しました。
しかし、ありふれた日常生活では「ブラウスの袖」のわずか数センチの布の攻防で、一人の人間の生活が脅かされている。
ソクラテスが言う「相手の魂を見る」という哲学を、現代の企業組織の中でどう実装するか。
ローズマリーさんの事例は、私たちに突きつけられた新たな課題です。
この課題を克服するには私たち国民自身が、「彫りものイコール反社会的組織の構成員」という短絡的思考を改めなくてはいけない。
それを田川さんは「意識改革」と言いました。
まさにその通り、「意識改革」に今すぐ取り組むべきです。
今でも理解できませんが私が子供の頃(50年ほど前)、オートバイに乗ったりパーマをかけているだけで不良と呼ばれました(法律で認められているのになぜ大人は禁止したがるのでしょうね)。
現在は本日のテーマである彫りものを含め、ドレッドヘアや鼻ピアスをしている人たちがその立場かもしれません。
人は無意識に自分の常識と他人を比べ、そこから外れる相違点を見つけると違和感を覚え、排除しようとする生き物なのでしょう。
普段は個性が大事と言っているくせに(笑)。
ソクラテスの「表層に惑わされず魂を見よ」というメッセージは、本日のテーマに限らずあらゆる差別意識を乗り越える根源的なものです。
恐子を通じて哲学に触れることで、難解な思想が明日を生きるヒントに変わる。
これこそが、ヒルガチが目指す「エンターテインメントと哲学の融合」です。
あなたの思考が変われば、必ず日本……いや、世界は変わります。
目撃者ではなく、その変化の当事者になる。
そんなあなたと共に、これからも世界の未来を考えながらクリティカルシンキングを追求していきたいと思います。
本日はここまで。
また来週お会いしましょう。
ごきげんよう。
【予告】
来週は「大相撲の女人禁制から “穢れ” を考察する! 日本社会における差別の克服に向けて」を放送予定、どうぞお楽しみに。
【より深くヒルガチを楽しむために】
初めて訪問された方は、「ヒルガチの歩き方」をご覧ください。
【クリティカルシンキングを理解する】
クリティカルシンキングについて、「クリティカルシンキングを極める!」 で解説しています。
【ゲンカイモン運営哲学】
なぜ、クリティカルシンキングスキルの鍛錬に討論が有効なのか? この答えは「ゲンカイモンの挑戦!」 で詳述しています。
【免責事項】
本コンテンツは正確を期すよう細心の注意を払い制作していますが、完全性、有用性を保証するものではありません。情報の利用により万一損害が生じた場合、筆者及びすべての本プログラム関係者は、一切の責任を負わないことをご了承ください。特に法令に関する記述は一般的な見解であり、個別の事案については必ず弁護士などの専門家に相談することをお薦めします。なお、お断りしない限りすべての画像はAIで作成しています。イメージとして掲載していますが番組内容と直接の関係はございません。

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